2010年05月03日
天野喜孝作品の購入1(リトグラフ編)
今回は、天野喜孝ファンならば憧れる人も多いと思われる「作品の購入と所有」について、僭越ながらその方法や注意点等をご紹介しようと思います。
今回はその中でも、リトグラフについてご紹介します。
リトグラフは最近あまり制作される事が少ないようですが、1990年代前半より天野先生が積極的に取り組まれた版画です。
天野先生の制作されたリトグラフには、原画という概念がない往来通りの版画としてのリトグラフと、原画が存在し、そこからデジタル処理で版を作成して擦り上げる版画の2種類が存在します。
ここでまず購入にあたってご理解をして頂いきたい点があります。
一般に美術市場で「版画」と呼ばれて価値があるとされているものは、前者の原画が存在しない版画になります。これは特に「オリジナル版画」と呼ばれており、直筆の原画と変わらない価値・評価を持つものとされています。
これは作家による表現技法の1つですので、例えば「鉛筆で描く」「油絵の具で描く」のと同じように、「版画という技法で何かをえがく」という作家の目的があるならば、その美術的価値は決して1点物の直筆画に劣るものではないとご理解頂けるかと思います。

天野喜孝リトグラフ「聖夜」
天野作品の中では、フランスのマーグ工房で制作された作品群が代表的です。
天野作品のマーグ工房を見てみると、繊細な線で描かれたモチーフに、かなり大胆な筆遣いで塗られたような作品が多く見られます。柔と剛の融合とでも申しましょうか。そしてどこか退廃的で、まるでどこかに漂うような危うげな美的存在が絵の中で舞うような、独特の世界観があります。
マーグの作品には、マーグ工房独特の空気があるように感じます。部屋に飾るだけでふっと空気がかわり、やや控えめながらも「我そこにあり」という立派な存在感があります。
手に入れる機会の多くはオークションや画廊での購入になるかと思いますが、是非ファンの方には手に入れて頂いて作品のオーラを感じて頂きたいとお勧めできる作品です。
では後者や、それ以外の「原画」が存在した上で版画も存在する作品はどういうものでしょうか。
一般には下書きではい原画が存在し、そこから版をおこして制作された版画は「複製版画」「エスタンプ」と呼ばれます。またこれも一般論ですが、そういった版画は美術的評価も金銭的評価も共に低い傾向があります。
天野先生の版画作品の多くは、実はこの複製版画に該当する作品です。
しかしながら、私はこれらの作品が粗悪であったり価値がないものであるとは考えていません。
後述しますが、あくまで複製版画は複製版画としての価値や良さがあり、また作品1つ1つについても善し悪しがあるものです。オリジナル版画だから良い・複製版画だから悪いといった二元論で片付けられるような問題ではありません。

天野喜孝リトグラフ「街」
1994年から、多くのリトグラフが制作されました。リトグラフだけでなく後述しますシルクスクリーンやシバクローム等も制作されましたが、ことリトグラフに関しての作品群はそれぞれ非常に高い完成度と、天野作品としての品質・品格を一定のレベルでは備えていると管理人Kenjiroは感じています。
例えば掲載しました天野喜孝リトグラフ「街」等がそうです。リトグラフの特徴である版による色の重なりにより、荒廃した街や無機質な機械とそれに乗る少女に直筆とはまた違った独特の立体感・存在感が表現されています。
リトグラフは、天野作品の中でもとくに先生の画力を感じる事ができる優れた作品であり、また比較的安価に手元に置く事ができるという非常に魅力的な作品であるとお勧めします。

天野喜孝『紅笑』リトグラフ
今回はその中でも、リトグラフについてご紹介します。
リトグラフは最近あまり制作される事が少ないようですが、1990年代前半より天野先生が積極的に取り組まれた版画です。
天野先生の制作されたリトグラフには、原画という概念がない往来通りの版画としてのリトグラフと、原画が存在し、そこからデジタル処理で版を作成して擦り上げる版画の2種類が存在します。
ここでまず購入にあたってご理解をして頂いきたい点があります。
一般に美術市場で「版画」と呼ばれて価値があるとされているものは、前者の原画が存在しない版画になります。これは特に「オリジナル版画」と呼ばれており、直筆の原画と変わらない価値・評価を持つものとされています。
これは作家による表現技法の1つですので、例えば「鉛筆で描く」「油絵の具で描く」のと同じように、「版画という技法で何かをえがく」という作家の目的があるならば、その美術的価値は決して1点物の直筆画に劣るものではないとご理解頂けるかと思います。

天野喜孝リトグラフ「聖夜」
天野作品の中では、フランスのマーグ工房で制作された作品群が代表的です。
天野作品のマーグ工房を見てみると、繊細な線で描かれたモチーフに、かなり大胆な筆遣いで塗られたような作品が多く見られます。柔と剛の融合とでも申しましょうか。そしてどこか退廃的で、まるでどこかに漂うような危うげな美的存在が絵の中で舞うような、独特の世界観があります。
マーグの作品には、マーグ工房独特の空気があるように感じます。部屋に飾るだけでふっと空気がかわり、やや控えめながらも「我そこにあり」という立派な存在感があります。
手に入れる機会の多くはオークションや画廊での購入になるかと思いますが、是非ファンの方には手に入れて頂いて作品のオーラを感じて頂きたいとお勧めできる作品です。
では後者や、それ以外の「原画」が存在した上で版画も存在する作品はどういうものでしょうか。
一般には下書きではい原画が存在し、そこから版をおこして制作された版画は「複製版画」「エスタンプ」と呼ばれます。またこれも一般論ですが、そういった版画は美術的評価も金銭的評価も共に低い傾向があります。
天野先生の版画作品の多くは、実はこの複製版画に該当する作品です。
しかしながら、私はこれらの作品が粗悪であったり価値がないものであるとは考えていません。
後述しますが、あくまで複製版画は複製版画としての価値や良さがあり、また作品1つ1つについても善し悪しがあるものです。オリジナル版画だから良い・複製版画だから悪いといった二元論で片付けられるような問題ではありません。

天野喜孝リトグラフ「街」
1994年から、多くのリトグラフが制作されました。リトグラフだけでなく後述しますシルクスクリーンやシバクローム等も制作されましたが、ことリトグラフに関しての作品群はそれぞれ非常に高い完成度と、天野作品としての品質・品格を一定のレベルでは備えていると管理人Kenjiroは感じています。
例えば掲載しました天野喜孝リトグラフ「街」等がそうです。リトグラフの特徴である版による色の重なりにより、荒廃した街や無機質な機械とそれに乗る少女に直筆とはまた違った独特の立体感・存在感が表現されています。
リトグラフは、天野作品の中でもとくに先生の画力を感じる事ができる優れた作品であり、また比較的安価に手元に置く事ができるという非常に魅力的な作品であるとお勧めします。
天野喜孝『紅笑』リトグラフ